Backnumber: 2008年10〜
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住宅街通過に反対の声・「浦和野田線」ルート変更

2018. 8.27 (越谷市)
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 県が進める都市計画道路「浦和野田線」の越谷市内の未着工区間(通称・元荒川工区、1・3`)のルートがこのほど、変更された。元荒川左岸の土手上を通る予定が、土手脇の同市北越谷の住宅街を通るルートに変わった。県は5月から住民への説明会を開いているが、住民らから「計画変更は寝耳に水。住環境の悪化は避けられない」と反対の声が上がっている。全長8・3`(同市神明町2丁目の国道4号線バイパス〜松伏町金杉の野田橋)の同計画道路で未着手なのは、この区間だけ。県越谷県土整備事務所は「東西連絡の強化のため必要。住民の合意を得て進めたい」としているが、反対の声が根強く、成り行きが注目される。

 同計画道路は1959年、国道4号バイパスと千葉県境の野田橋までを結ぶ県内の東西連絡を強化する「広域幹線道路」として計画された。

 現在、東武スカイツリーライン・北越谷駅東口近くの高架橋から県道越谷野田線までの2・5`と、松伏町赤岩の県道葛飾吉川松伏線から県道中井松伏線までの1・9`が開通。中井松伏線から野田橋までの1・3`は調査中で、越谷野田線から葛飾松伏線までの1・3`は事業着手済み。「元荒川工区」だけが手つかずとなっている。

 「元荒川工区」の当初の計画ルートは1987年、県が河川と道路を一体整備し、一部の土手や川の部分を道路化する―と示したもの。

 地元の北越谷、荻島両地区の住民らは2002年、「浦和・野田線道路問題連絡協議会」を結成。以来、住民と県が、主に一部の川を埋める「土工」(盛土)案、橋を架ける「橋りょう」案、川の部分を地下トンネルで通る「シールド」案など5案の工事方法などについて協議を重ねてきた。

 しかし、住民らから「土手のサクラ並木を残して」との声が出るなど県は、住民合意が得られず、計画発表から30年“棚ざらし”となったままだった。

 今回のルート変更の理由を県は「従来の計画ルートでの橋りょう案やトンネル案などは、いずれ実現が難しいため」で、「道路位置を一部変更したい」としている。

 これに対し、同道路連絡協議会事務局の堀江禮子さん(77)(同市北越谷3丁目)は「突然で驚いている。北越谷地区は区画整理された閑静な住宅街。県の変更計画では、70軒もの住宅が移転せざるを得ない。北越谷小学校に隣接し、通学路としても危険だ」と反対している。

 また、地元の環境保護団体「元荒川の自然を守る会」会員で、元高校教諭の古窪敏行さん(66)(同市南荻島)は「計画道路は日本の経済発展期のもの。人口減などの社会環境の変化を考えると時機を失っている」とし、「元荒川土手は、絶滅危惧種のジャコウアゲハが産卵するウマノスズクサの貴重な自生地。自然環境の悪化にもなる。県は計画断念をしてほしい」と話す。


 県越谷県土整備事務所の山ア進・道路施設担当課長に聞いた。
 ―なぜルート変更したのか。
 現在の都市計画ルートは河川の中に道路を造るため、橋梁案やトンネル案などを検討した。しかし、どの構造も実現が困難でルートの一部を変更することにした。
 ―変更案が最適と考える理由は。
 国道4号バイパスや県道足立越谷線と接続し、道路網強化が図られる。北越谷地区の交通渋滞の解消や交通安全の確保も図られる。
 ―住民との合意形成はどうするか。
 今後も説明会を開き、地元の意見を聞いていく。計画変更も視野に入れながら事業を進める。


 越谷市の都市計画道路の長年の懸案が30年ぶりに動き出した。今月24日には、同計画道路と県道越谷野田線が接続され、北越谷から松伏、千葉県野田市方面へのアクセスが向上した。今回の計画変更で関係住民は移転を迫られる。県は「住民合意」を得て事業を進めるというが、ていねいな説明、議論が必要だろう。
(安部 匡一)
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